ハード・バップが全盛だった頃に頭角を現し、50年代の中期、第二次ジャズ黄金期に育ったピアニスト達の中で、1957年、ブルーノート・セッションを通して、いちやく躍り出してきたソニー・クラークは、ブルーノートのハウス・ピアニスト的存在として活躍した。彼も又、ピアノの出発点はバド・パウエルの影響をより一層受けたピアニストである。本国アメリカにおいて正当な評価を受けず、反面、1958年1月に吹き込みをした「クール ストラッテン」は、日本において圧倒的人気を得、多くのファンを獲得した。
  朴とつで、物静かな性格だったクラークは、精神的に弱い面を持っていたのだろうか?強度の麻薬中毒により、1963年1月13日、31歳の若さで死去した不運なピアニストであった。 彼は1931年7月21日ペンシルヴェニア州、ハーミティの生まれで3歳の頃よりピアノを習い始め、1953年バディ・デフランコのカルテットに迎えられ、1957年ニューヨークに進出、ダイナ・ワシントンの伴奏者と成り、又、ブルーノートとも契約が成立し、1961年までの4年間に9枚のアルバムを残している。ファンキーな味を持った曲作りのうまさは定評が有り、作曲家としての才能も見逃せない。
  物憂い一面と一抹の淋しさ、ブルーなムードが、日本人の心の中に染み込んでくるのだろうか?

リーダーアルバム
「DIAL S FOR SONNY/SONNY CLARK」
「SONNY'S CRIB/SONNY CLARK」
「SONNY CLARK TRIO/SONNY CLARK」
「COOL STRUTTIN'/SONNY CLARK」
「LEAPIN' AND LOPIN'/SONNY CLARK」等々
 
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