ソウル派のピアニスト、ブルース弾きの名手、ジュニア・マンスも音楽に対する姿勢は、シンプルにファンキーであろうとする。彼も又、パウエルの影響を受けたピアニストの一人であるが、彼が最も敬愛してやまないオスカー・ピーターソンがジュニアを次の様に評している。
  『昨今、ピアニストの何たるかさえもまだよくわきまえない前衛ジャズメンや、低級なピアニストが横行するジャズ界にあって、豊かなテクニックとフレッシュなアイディアに恵まれたジュニア・マンスの登場は実に爽快だ。しかもジュニアは聞き手の心に直接的に訴えかけるエネルギッシュなものを内蔵しており、ジャズの最も根元的なスイングを決して忘れることがない。豊かな楽想に恵まれているジュニアは、アイディアをとめどなく発展・変化させていく過程で、一つの演奏にいつの場合にもある種の物語性をもたらす。これはマンス独自の特質だ』と。
  彼は1928年10月10日イリノイ州エバンストンに生まれ、父親がピアニストで有った事から3歳よりピアノを習い始める。シカゴのルーズベルト大学で音楽教育を受け、1948〜49年ジーン・アモンズのコンボに参加、1951〜53年兵役中にアダレイ兄弟と知り合い、1954年最高のジャズ・ブルース歌手であるダイナ・ワシントンの伴奏者と成り、その後1956年2月〜1957年11月にはキャノンボール・アダレイのコンボに参加し、卓越した感情表現とテクニックにより一躍ジャズ・シーンで才能を認められる。 1961年には、ダウン・ビート誌の新人ピアニスト一位に選ばれる等、現在においてなお、ダイナミズムのある弾き方はファンを魅了してやまない。


リーダーアルバム
1959.4.9 「JUNIOR」(Verve)
1960.10.25. 「THE SOULFUL PIANO OF JUNIOR MANCE」(RIVERSIDE)
1961.2.22. 「AT THE VILLAGE VANGUARD」(RIVERSIDE)
1961.8.1. 「BIG CHIEF」
1962.2.14. 「JUNIOR'S BLUES」
1977.6.2. 「LIVE AT SWEET BASIL」 等々
 
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